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尚幸(なおゆき)三十歳/智花(ともか)二十歳
恋していた人が目の前に……。チャンスはほんの一瞬。恥ずかしがって怖じ気ずくよりも、とにかくまっすぐにぶつけたい……。そんな恋です。 男性視点です。

幼なじみ 1 

「智花ちゃん、念願の尚幸さんよ。ほら恥ずかしがっていないでご挨拶なさい」
 そう言われておずおずと敷居をまたいで入ってきたのは、ついさっき廊下でぶつかった十歳年下の同郷の幼なじみ。
 幼なじみとは言え、十歳の違いは大きい。
 尚幸は高校卒業と同時に田舎を出ているので、そのころ八歳のはずの智花の記憶はあまりなく、あるのは名前の記憶のみ。よく見知っている智花の両親とは、あまり似ているとも思えない。女の子の成長とはこういうものなのだな、としみじみとした感慨を持ってしまうのは、三十という年齢を鑑みれば致し方ない。

 一方、こういう事は大人が取り仕切るものだと思い込んでいる伯母は、周囲のことも本人の気持すらもおかまいなしにさっさと話を進める。

 尚幸は元々見合いをしたかった訳ではないし、見合いのつもりでここに来た訳でもない。当たり前だ。今日は田舎の母に頼まれて、同郷の人のお通夜に来ている。
 三代遡る間に誰もが親戚になってしまう小さな村なので、例え東京で何十年暮らしていようとも、その辺はやはり欠かせないものらしい。
 これまでも何度かあったことなので、尚幸も深く考えることも無くお通夜に来ていた。
 智花はここの親族でもあり、手伝いにきていたようだった。
 狭い廊下ですれ違う人を避けたつもりが、背後の部屋から出てきた智花とぶつかり、手にしていた荷物を落とさせてしまった。それを拾い上げ手渡した際、智花は頬を赤く染めて見上げてきた。少し驚いた顔をしたので、尚幸のことを知っているのだと思った。

 そして、台所のスミで顔を赤くしていた智花の様子に伯母がピンと来るものがあったらしく、いきなり俺は別の部屋に呼ばれて今こうしている。

「おひさしぶりです」
 やっと出てきた智花の言葉は、思ったよりはハッキリしていた。
「こちらこそ」
 なんだか意味の無い返事をしてしまう。
「ナニ、その返事は。もっと気の利いたこと言えないのかしらね?」
「伯母さん、勘弁して下さい。今日はお通夜に来たんですから」
「いいじゃないの。こういうのは巡り合わせというもの。今が二人のそう言う時期なんでしょう。じゃあ、私は失礼しますからね。智花ちゃん、台所はもういいから、ここでゆっくりしてなさい。尚幸、ちゃんとお相手してね。それから帰りも送ってあげてね」
 勝手なことを言いまくって伯母は出て行ってしまった。

「あの」
「ん?」
「ごめんなさい」
 いきなり、智花が畳に額をすりつけそうなぐらい深々と頭を下げた。
 その結果、尚幸の視界にはショートカットの柔らかそうな髪と、すっきりとしたうなじがあらわにされた。次いで、その白いうなじを縁取る喪服のワンピースの襟ぐりと、華奢な背中、更には細く引き締った腰へと続く。
 これはいかん、と思い直して視線を戻すと、少しだけ浮き上がったファスナーのあわせの奥に、うなじからつながる白い肌がうっすらと見えた。普段では絶対に視界に入るような場所ではないからか、頬を染めて見上げてきた先ほどの印象があるからか、いきなり目の前の存在に異性を感じた。
 ギュッと何かに掴まれた気がした。
「気にしないで。平気だから」
 いや、それどころか全然平気ではない。いきなり十歳も年下の、幼なじみとはいえ殆ど言葉を交わしたことのない女性に、身体が反応してしまったのだ。

(平気どころか大問題だ)

 それでも俺の言葉に、智花が嬉しそうに微笑み、気恥ずかしそうに見上げてくる。
「学生?」
「はい。でも専門学校ですから春で終わりです」
「就職は?」
「まだ……」
「何かやりたいことがあるの?」
「いいえ……特に何も……」
「そう」
「ダメなんですよね、こんなんだから就職が決まらないんだと思います」
「何を勉強してるの?」
「お料理……です」
「調理師とかになりたいわけではない?」
「はい、あの最初はそう思ったんですけど、段々違ってきて。ただ作るのが好きだから、おいしいご飯が作れたら嬉しいなって……」
 その一言で、尚幸の何かがはじけた。
「俺に食わせてくれよ」
「え?」
「智花の手料理」
 ごく自然に「ともか」と呼んでいた。なぜだかそれが正しいことのように思えたからだった。
「でも……」
「でもはなし、決まり。よし、そうとなれば帰ろう。ここに長居は無用だ」

 俺は智花を立たせ、せき立てた。智花は戸惑いながらも言われた通りにしている。
「伯母さん、俺、智花を送って帰るから」
 台所で盛り上がっている伯母のほか、数人は見覚えのある顔が並んでいた。大人の顔はやはりあまり変わらないものなのだと納得した。
 俺の言葉を受け、伯母が「宜しくね」と言い、隣の女性には『柳堀の尚幸さんだよ』と屋号で俺のことを教えている。
 同姓の家が多い田舎のせいか、もっぱら個人の属性は屋号で示されるのが主流だ。

 玄関のタタキで待っていると、コートとバッグを持った智花が小走りに近づいてくる。
 ワンピースの裾から見え隠れする膝頭が可愛いと思えてしまう。黒いストッキングに包まれた足が何とも言いようのない感覚を思い起こさせる。さきほどの反応を、単なる衝動だと思うことにしたのも束の間、改めて智花の全身を見直している自分がいる。
 ただ送るだけだ、いや、手料理はどうするか……せっかくの土曜日を何もこのまま別れて終わることもない、とも思ってしまう。

(参ったな……)

 一端都心に向かう電車に乗る。
「どうする?」
「え?」
「このまま、帰りたい? それとも」
「あの……」
 その聞き方がかなり卑怯なやり方だったと気付いた時には、智花の瞳がうるみはじめていた。
 遊び慣れた女になら言える戯れ事も、智花には通じない。むしろ酷く軽薄な男に見えただろう。
 そして、そういう相手として見られたのだと言うショックを与えてしまった。

「悪い、悪かった。今のは失言、取り返す」
「すみません」
「いや、謝るのは俺のほうだ、ごめんな」
「……」

 とりあえず謝罪は受け入れてもらえたものの、どうするかなと考えてしまう。
 これが幼なじみでもなんでもないシチュエーションなら迷わず……だが、まさかそれでは……と考えあぐねている間に電車は駅に着いてしまう。もし全てを忘れるならば、ここで別れることになる。でも伯母には送ると約束したのだからと、自分に言い訳をして、智花の住まいがある沿線に乗り換えた。

(2008.02.29)
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