EVENT INDEX
TOP BACK NEXT
遺産相続人 31
何ら計画のない週末の時間は、二人を包むように緩やかに過ぎて行った。デイヴィッドは時折カリーナをからかったり抱きしめたりしながら、様々なことを話してくれた。
デイヴィッドの母、オリヴィア・ロクシーのこともそのなかの一つ。
現在、病状は安定しているものの、常に予断を許さない状態であることも聞かされた。そしてオリヴィアが療養のために滞在しているフロリダへ行く事も、近々の予定として告げられた。
「前に……」
「ん?」
「父とアマンダに誘われてマイアミに行った事があるの」
「そうか」
「その時、アマンダが一日だけ別行動だったわ」
「三年前だろう?」
「……そう」
「アマンダは、オーランドの母のところへ行った。父から聞いている」
「お父様から?」
「母は、何も言わなかった。きっとアマンダとの間に約束でもあったのだろう」
デイヴィッドの母をアマンダが三年前に見舞った。そしてそのことを、デイヴィッドは母親からではなく父親から聞かされた。そのことに何かがひっかかる。
それは、三年前……という数字。
「デイヴィッド?」
「ん?」
「あの……」
これは、聞いても良い事なのかどうか、今まで以上に過敏になってしまう。
「カリーナ、何でも聞いていいと、言っただろう?」
カリーナの迷いを感じ取ったデイヴィッドは、わかっている、とでも言いたげな眼で促す。
「三年前、何があったの?」
いつまでも燻らせておいても意味がないのかも知れない。
三年前の何かがデイヴィッドの抱える問題であり、それが心の傷なのか、もしくはロクシーの病んだ部分なのか、カリーナでは想像し得ない何かがあったのだとしか考えられない。
でもまだ、それを知る事にも躊躇がある。いっそ、デイヴィッドが話してくれない事を願ってもいた。『まだ、その時期ではない』と言われても受け入れられる。むしろ、そのほうが良いのかも知れない。
「もうすぐ話せると思う」
「そう……」
期待通りでもあり、そうでもない返事に納得した。
もしかしたら、一生知らなくても良い事かも知れない。でも、きっと知っておくべき事なのだろうと覚悟もしている。
デイヴィッドと一生を共にするのならば……必要な事のはず。なぜならば、そこにはクリスティン・ロクシーの存在があるから。
今度の新聞騒動も最初は彼女の策略が生み出したもので、それに対向するためにデイヴィッドとスコットが計画を立て、騒動を最小限に食い止めた。けれども、クリスティン自身の行動を抑制できたわけではない。
彼女がそれほどまでにロクシーに執着する理由が、判らなかった。
でも、それは、太古の昔から一緒。権力を求めるものに理由を尋ねても無駄だ。誰もが納得する理屈などあるわけがない。
それでも、クリスティンにも多少の理由があるのだろうとは思う。ただ、それがどんな理由であろうと、デイヴィッドを困らせアビーを悲しませているのだから、許せるものであるはずがない。だから、カリーナはそれを知り、知る事でデイヴィッドの重荷をわかち合うべきだと思っている。
どんなに酷い事でも、辛い事でも……。
「彼女は」
デイヴィッドが唐突に話し始めた。
「え?」
「レスターを脅迫しようとした」
「脅迫?」
突然、聞かされた言葉が何を指すのか、考えたくなくても判ってしまう。
「アマンダのことで」
「そんな」
アマンダを苦しめたのはクリスティンの実の兄であるはずなのに、それを更には自分のために利用しようとしたというのか……。
「レスターはあらゆる手を使ってマスコミを食い止めた。クリスティンは、それでも手をゆるめなかった」
「酷い」
「レスターが倒れたのは、それから間もなくだった」
「クリスティンは?」
「レスターに阻まれたのが悔しかったのか、そのときはフランスに逃げたあとだった」
デイヴィッドの言葉は、そこで終わった。
娘を守るために父親が戦い、倒れた。この場合、クリスティンだって何らかの傷を負ったはずなのに。それでも今も諦めずにいる。
「その時、クリスティンは何もなかったの?」
「いや、事業の資金をかなりの額で損失したはずだ」
「それだけ?」
「レスターはそれ以上望まなかった」
「そうだったの……」
もしその時、完膚なきまでにクリスティンを貶めていたら、今はどうなっていたのだろう。きっとそれこそ彼女ならそれを糧にして更に挑んで来たかも知れない。
「三年前、クリスティンのビジネスは確かに成功していたが、ロクシーとは比べようがない。だが、その時にレスターが使ったお金は、彼個人の資産だけだった」
「まあ」
「事実上、レスターも破産に近かったな。まあ、それ以前に殆どはアビーの名義に書き換えられていたがね」
「どうして、と尋ねても無味のない事かも知れないけれど、でもどうしてそこまでクリスティンは……」
「さあ、それはわからない。今度聞いてみる事にしよう」
なにげなく、さらりと言われた言葉に固まってしまう。
「デイヴィッド?」
「ん?」
「クリスティンに、会うの?」
「会わざるを得ないだろう」
「だけど」
「今までは、身内の一人に困った思考のものがいる、という程度だった。だから、さしたる手も打たなかった。だがもう、このまま放置する事は出来なくなった」
「……」
「子供達は、日々成長している。あの子達に彼女の罪を背負わせる事だけはしたくない。それに君がいる」
「私?」
「そう。決してスコットに言われたからではない。今回のリークを知らされた時、もう手を打つしかないと決めていた」
「デイヴィッド」
本当はそんな事したくないのだろう。誰かを意識的に失墜させるというのは決して愉快な事ではない。
誰にも傷ついて欲しくはない。でもそれは理想論でしかない。理想だけで事がすむのなら、そもそもこんな問題も持ち上がらない。
思わずデイヴィッドを抱きしめていた。
「カリーナ?」
「あなたに傷ついて欲しくない」
「カリーナ」
大丈夫だから、と囁きとともに抱きしめられ、本当に大事なものを得たのだと改めて思い知らされる。
これから何度もこう言う事はあるのかも知れない。その度に、きっと何度でも、デイヴィッドがどんなに大事な人かを再認識するに違いない。でもそれで構わない。どんな時でも抱きしめていられるのなら……。
夜はライラのレストランで過ごし、ライラからは愛情たっぷりのキスと、ウィルからは今まで以上に熱のこもったハグをされ、デイヴィッドに引きはがされた。
それでも懲りないウィルは、笑いながら楽しそうにカリーナにキスをして、再度デイヴィッドに文句を言われ、ライラに厨房に引き戻されるまで二人で言い合っていた。
カリーナには、大きな子供が二人でじゃれ合っているようにしか見えなかった。
ここでは、カリーナもデイヴィッドも素のままでいられる。
それがどれほど素晴らしい事なのか、計り知れない。そしてそんな生活が本当にこれからも続けられるのかどうかは、定まっていない。でも、ここでの生活を守るために勝ち取るべきものがあるのだとしたら、カリーナも強くなれる、と思えた。
翌朝の新聞には、確かに、充分に驚かされた。
これなら、カリーナの記事が霞むのは当たり前だと納得した。
記事は、『最もホワイトハウスに近い女性』として注目されている上院議員のスキャンダルだった。
イギリス貴族を先祖に持ち、東海岸では最も古い家系の一つでもある名家出身の上院議員。家柄だけではなく美貌と才能も併せ持ち、父親も上院議員だったし、夫に選んだ相手も上院議員という政治家一族の中で、彼女のホワイトハウス入りは確実とまで言われていた。
五十代後半のはずだが、一面に載せられている写真だけでは、誰もそうは思わないだろう。
望遠で映されたものだが、トップレスでプールサイドに立つその姿は、見事としか言い様がない。均整のとれた艶かしいほどの肢体からは、色香が漂ってきそうだった。きっと誰もが一度は間近で見たいと思うに違いない。そしてそれを実践している男性が、上院議員を背後から抱きしめる形で一緒に映されていた。夫ではない、かなり若い男性。
もし二人が離れて立っていたなら、偶然映された一枚だと逃げる事も出来たかも知れない。だが、二人は殆ど密着していた。しかも、コマ送りのように数枚の写真が掲載されており、その中にはほぼ全裸の二人がカウチに寝そべっているものまであった。
そして、記事は、これが二人の始めての密会ではないことをにおわせていた。
カリーナは、その記事よりも、その情報を知っていたスコットのほうが怖いと思えた。
上院議員がカリブへ行く事も、夫ではない男性と過ごす事も判っていた事になる。そうなると、もっと以前からそれ相応の事実を知っていた事になる。
情報の世界で生きる人間が、その情報の使い分けを個人の裁量で行い、自在にメディアを動かしてしまう。
ロクシーの資金が一万ドル動いただけで市場の株価が変動する、と聞かされた時も充分恐ろしかった。
あのときと同じような、冷やリとしたものが背筋を駆け抜けた。
(2008.06.22)